大田原マラソン(4)
中間点は1時間20分45秒で通過。過去にネガティブスプリットの経験はあるが、今の状態で後半のハーフを1時間19分そこそこで行くというのは絶望的に難しい。20km辺りからりかちゃんに少し離されていたのだが、中間点付近で再び追いつき、そのまま引き離してしまったので結局また単独走。
しばらくは快調に走っていたところ、23km付近で脚に異常。最近癖になっていたふくらはぎの痙攣の予兆。このゆっくりとしたペースでまさか痙攣とは思っても見なかった。給水もしっかりとっていただけに想定外。幸い、ふくらはぎが若干ピクピクするものの、大きなペースダウンにはならず、25kmを1時間35分12秒。というと、この5kmは18分22秒。いや、いくら何でもそれはあり得ない。あとで前後のラップを確認してみるとおそらく20kmポイントが50~100m遠かったのではないかと思われる。
ちょっと気持ちが萎えてきた25km付近で再びりかちゃんが追いついてきたので、やや持ち直す。ここからしばらくの間2人での並走が続いた。30kmは1時間54分09秒で通過。この5kmは18分57秒と何とか19分ペースを維持。計算上は18分45秒ペースまで上げれば2時間40分を切れるのだが、ここから一段のペースアップをする余裕はもはやなかった。
32.5kmのスポンジポイント付近で前方に健気さんを発見、2週間後の福岡国際の調整の雰囲気だったので、一言声をかけてそのまま追い抜く。ここでりかちゃんが少し遅れ始めているのに気付いた。しかし自分がペースを上げたわけでもなく、むしろ次第に脚に疲労が見えてきた。35kmは2時間13分36秒。この5kmは19分27秒でやはり感覚どおりペースダウンしていた。
脚は更に重くなり、特に大腿前面の筋疲労が著しい。完全にバネがなくなり、ストライドが目に見えて縮まってきた。残り5kmからは1km毎の表示になったが、この時点で既にキロ4分ペースを超過していた。残り5kmからは4分02秒、4分06秒、4分09秒、4分12秒と規則正しくペースダウン。記録という目標を失った身体には、もはやいかなる刺激も無意味。
最後も大きな勘違いをしていた。11年前に走ったときは、競技場に入ってからトラック1周してゴールだったので、残り500mにもなれば競技場の入り口が見えてくるはずなのに、いつまでたっても見えてこない。ようやく競技場に入ったと思ったらそこは第1コーナーではなく第4コーナーだった。しかもゴールはホームストレートの真ん中辺りと近く、一瞬状況が理解できなかった。冷静さを取り戻す間に、ラストスパートをかける間もなくゴール。あまりにも突然のゴールだったので時計も止め忘れてしまった。
結局2時間43分14秒で36位。煮え切らないレースで、非常に後味が悪かった。しかし、今回は調整で致命的なミスがあったわけでもなく、体調が悪かったわけでもなく、ペース配分に失敗したのでもない。一言で言うと力不足。調整段階の練習でもそれは感じていたものの、本番になれば何とかなるだろうと淡い期待を抱いていたが、現実はやはり厳しかった。加齢により体力が落ちているのは疑いないところだが、まだトレーニング次第ではカバーできないことはないはず。特にスピードの低下は目に余るものがあるので、そのあたりを強化するのは一つの方法と思われる。課題が多すぎるので、この冬~来春にかけてはフルマラソンはエントリーしない方向で考えている。