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2010年02月28日

東京マラソン

今日は自分もレースだったので、家に帰ってきてから録画を見ました。浜松も雨だったとはいえ気温は12度位あったので体全体が冷えることはありませんでしたが、東京はアメダスの気温を見ると11時頃が最も低くなり3度位しかなかったようです。あれでは失速したら最後、一気に体が冷え切ってしまうでしょう。

私が走ったレースでは97年の別大がそれに近いコンディションでした。尾崎選手が脚が完全に止まり、腕を抱え込んで凍えそうになっていましたが、たぶんもう視点も定まらなくなっていたと思います。私もまさにそんな感じでした。あの後どうなったのか、ちょっと心配です。尾崎選手に限りませんが、あれだけの人数が参加する大会で棄権しようにもすぐに回収バスが来るわけでもなし、多くの走れなくなった市民ランナーは一体どうやってゴール地点へ移動したのでしょうか?

第1回大会もやはり雨で完走率が低かったように記憶していますが、3万人以上も走る大会を2月に開催するというのは、低温リスクが大きいという点でどうかと思います。あまり暖かい時期にやると今度は給水がなくなるとか別の問題が発生するので難しいとは思いますが。

ところで今回はTV中継の解説が瀬古氏と中山氏でした(お互いに会話することはありませんでしたが)。中山氏の解説は初めて聞きましたが、現役時代のようなトゲもなく落ち着いた口調で、でも言うべきことは言ってなかなか新鮮でした。瀬古氏はネット上ではあまりいい評判を聞きませんが、私はいつも非常に的確だと思っています。かなり早い時期から大集団の中で藤原選手の好調を見抜いていたし、28kmで渋谷選手が揺さぶりをかけた時は無茶といい、その後藤原選手が一度出たときは優勝の可能性を示唆していました。その2人がどう違っていたのか瞬時に見分けられる能力が現役時代の勝負強さにつながっていたと思います。

チリ大地震の津波

浜松シティマラソンのレース後、JR(在来線)で静岡へ帰りましたが、静岡に着くと何と静岡より東はチリの大地震の影響で津波警報のため運行中止とのこと。浜松~豊橋間も運行中止ということで海から離れている浜松~静岡間だけ動いていたみたいです。

列車が止まったりせず運がよかったのですが、太平洋側の沿岸部は大混乱のようです。東京マラソンは途中で打ち切りとかにならなかったんでしょうか?
また、今日が静岡駿府マラソンだったらもしかするとハーフは中止かコース短縮だったかもしれません。用宗海岸の間近まで行ってしまうので…。

浜松シティマラソン

10マイルの部に参加しました。朝から雨で今一つモチベーションが上がりませんでしたが、スタート時間にはほとんど気にならない程度の小雨になり、レースの途中に完全に上がりました。天気が崩れたおかげで風が出なかった分、条件としては良かったかもしれません。

昨年は足の冷えに悩まされ60分24秒かけてしまいましたが、今年はそこまでは冷えず、ほぼイーブンペースで推移。最初の5kmはスタート直後の登り坂もあり18分26秒。キロ3分40秒前後を維持していましたが、折返し(8.3km位)を過ぎてからいつもの脚が抜けるような感覚が出てややスローダウン。10kmは36分48秒(18分22秒)。雨で濡れた足の指先が冷えてきて脚の動きも悪くなってきました。

一時3分45秒まで落ちましたが、残り3kmあたりから少しペースアップして15kmは55分14秒(18分26秒)。ラスト1.093kmは3分47秒で59分01秒(手元)。雨のため記録賞の即時発行を見合わせるとのことで正式計時や順位は不明。別大のラップと大して変わりませんね…。昨年より1分23秒ほど良かったとはいえ、16kmの距離でキロ3分40秒がやっととは何とも情けない限りです。どうも脚の動きが悪く、ピッチが上がりません。

2010年02月20日

トレッドミル12km

通勤ランでも調子がほぼ完全に戻ってきたので、トレッドミルでペース走。実走との感覚のズレを調整するため、傾斜をこれまでの0.8%からやや上げて1.0%にしてみました。

アップ3kmの後、16.0km/hで5kmまで、5~10kmは16.1km/h、その後1km毎に16.2km/h、16.3km/hと上げて12kmで終了。傾斜0.2%の差はほとんど認識できませんでしたが、実走とはほぼ同程度の感覚と思います。

別大マラソン後2週間でほぼ完全に復調しているところをみると、やはりガス欠による失速で不完全燃焼のためダメージは少なかったということでしょうか。来週は浜松シティマラソンの10マイル、再来週は静岡駿府マラソンのハーフとレースが続きますが、別大のDNFでむしろ春のシーズンへの移行がスムーズにできると前向きに捉えて来年度につながるレースにしたいと思います。

2010年02月15日

練習再開

膝の痛みとかあったので、ほとんど1週間休んでしまいました。先週の金曜日の夜、帰宅ランが別大後の初練習だったのですが、まだ膝に若干の違和感があったので土日は再び休み。今日は朝晩と通勤・帰宅ランを行いましたが、何とか大丈夫そうです。

別大は40km走ったとはいえ、やはりガス欠で限界まで追い込んだわけではないためか、筋肉痛や疲労感はほとんどありません。ハーフ位ならそこそこ走れてしまいそうな感じです。とりあえず2月28日の浜松シティマラソン(10マイル)、3月7日の駿府マラソン(ハーフ)にはエントリーしているので、少しずつ調子を取り戻してハーフ1時間17分前後では走れるようにしておきたいところです。

2010年02月14日

別大マラソン失敗の原因

いろいろ考えられることはあるのですが、「トレッドミル」「ペース配分」「調整ミス」「血液」の4点について検証してみたいと思います。

1.トレッドミル
これはある程度予想していましたし、ある意味実験的なところもありますが、今回11週間前から週1回のポイント練習をすべてトレッドミルで行いました。しかし、実走との感覚の違いは確かにあるものの、目安としていたキロ3分40~45秒においてそれほど体感に差があるとは認識できませんでした。また、今までもポイント練習はトレッドミル主体でやっていましたが、ここまで極端な失速は初めてであり、トレッドミルが失敗の主因とは考えにくいです。

2.ペース配分
少し実力を過大評価していた点は否めません。5km19分をわずかに切るペースで推移していたらあそこまで失速することはなかったでしょう。22kmまでは5kmを18'34"ペースで突っ込んだのは明らかに速すぎでした。トレッドミルはこの失敗に幾分影響しています。2時間37分前後で行く走力にはまだ達していなかったということです。しかし、「前半速すぎたからと言って後半ここまで落ち込むか?」というのは疑問が残ります。約2年前のつくばマラソンではやはり25kmまで18分台で推移し、前半のきつい感覚は今回とほぼ同程度でしたが、その後キロ4分で落ち込みは止まり、完全なスタミナ切れには至りませんでした。また、2002年の東京国際など、前半無謀なペースで走りながらやはりキロ4分弱で落ち込みは止まっています。ペース配分をミスしても体調さえ良ければ後半粘れるものです。

3.調整ミス
3~4週間前の時点で、はっきりではありませんがピークが来てしまった感じがしていました。それと同時に腰痛、膝関節痛、足の腱鞘炎、風邪のような症状など立て続けに発生し、身体のあちこちが悲鳴を上げていました。夏~秋口の走り込みのベースがないままいきなり実戦練習に入ってしまい、自分の身体の状態をしっかり把握できていませんでした。

4.血液
実は別大マラソンの翌日、血液検査をしました。そこで意外な事実が判明しました。私は比較的中性脂肪の値が高めなのですが、この日の結果は37mg/dlと極端に低い値でした。過去6回の平均値は115mg/dlです。それ以前を遡ってみても67というのが最低値で、37という値は異常です。レース後だから低いというのもありますが、下がるといってもレース直後でもせいぜい30~40%の低下であり、半分とか3分の1になったりはしません(13年前に別大マラソンに出た時、大分医科大の調査があり保管してあったものを参照)ので、多く見積もっても元々60以下という低位にあったということです。

中性脂肪はマラソンのスタミナ切れと非常に密接な関係があることは日本陸連の調査等でも明らかになっており、特にレース後に50を切るような場合は成功の可能性は極めて低いとされています。これは以前自分のホームページにも書きました。
http://net-rc.com/bible_06.html
血液および筋肉中の中性脂肪が枯渇状態となったため、エネルギーをグリコーゲンに依存せざるを得ず、そのグリコーゲンもレース中に枯渇してスタミナ切れとなったと考えるのが最も合理的です。

では、なぜ中性脂肪不足の状態に陥ってしまったのか?思い当たることを挙げてみます。
(1)レース1ヵ月位前から食欲が今一つで、体重がやや減少傾向にあり、体脂肪率は体重計の測定下限(5%)に張り付いていました。特に今になって思うと脂っこいものを無意識に避けていたように思います。夜食も普段のレース前より少なかった気がします。
(2)2週間前あたりから飲み会が多く、アルコールはあまりとらないよう気を付けましたが、カロリーをとりすぎないよう食べ物は野菜をたくさん食べていました。結果的に食物繊維が過剰になって血液中の中性脂肪を流してしまったかもしれません。

最近ここまで極端な失速はありませんでしたが、その間レース前の食事についてはあまり意識していなかったのですが、今後はもう少し気を配る必要があると感じました。「カーボ」も大事ですが、もっと大事なのは「ファット」です。

2010年02月08日

別大マラソン完走できず

40kmの関門で止められました。
5km 0.18.26 (ロスタイム約4秒)
10km 0.37.05 (18.39)
15km 0.55.25 (18.20)
20km 1.14.22 (18.57)
HALF 1.18.26
25km 1.33.34 (19.12)
30km 1.53.21 (19.47)
35km 2.15.22 (22.01)
40km 2.42.37 (27.15) 非公式

35kmまでは公式計時です。35km以降は手元計時では
37km 2.26.35 (11.13/2km)
38km 2.31.47 (5.12)
39km 2.37.15 (5.28)
40km 2.42.37 (5.22)

結果的には前半速く入りすぎたということですが、やはりこの位のペースで行かないと2時間40分を余裕を持って切れないし、抑え気味に行って(最終的に)2時間41分とか42分という考えは全くなかったので、これは仕方ないです。

まず最初の5kmまで身体が重く感じました。そもそも走る前、早くスタートしたくてうずうずする感覚が全くなく、今思うと最初から勝負に負けてた感じです。1km毎の表示が若干ずれていた(と思われる)のも5kmを速く入りすぎた理由の一つですが、これは根本の原因ではないでしょう。

風はそう強くなく、気温も寒さに弱い私でも我慢できる程度でしたが、9kmで折り返してからは集団の中で体力温存を図りました。ここでもやや脚を使っている感覚はありましたが、それでも30kmまで何とか集団の中を維持できれば粘って40分は切れるとは思っていました。

しかし別大国道が終わり大分市街に入った22kmあたりから右膝に鈍い痛みを感じ始めて急激に脚が重くなり、一気にキロ4分近くにまで落ちてしまいます。もうペースアップは無理と判断し、切り替えてなんとか4分ペースの維持に努めました。それがうまくいったのか、30kmまではキロ4分を少し切るペースで推移。

変化が起こったのはその後。急にまた疲労感が襲ってきてペースも32kmまで4分一桁台に落ち、残り10kmが急に遠く感じられるようになりました。次の2kmは約9分かかり、34~35kmは4分50秒位まで落ちました。久し振りにガス欠状態に陥り、35kmを通過したところでついに一度止まりました。少し歩いてまた走り出しましたが、もう40kmの関門でアウトだなと思いながら大体1km走っては少し歩き…という感じで1kmあたり5分~5分半といったペースでなんとか距離を進めました。

40km地点が見えてきましたが、まだ選手を通しているようでした。このまま40km過ぎてもゴールまで辿りつけるかな…と思いながら走っていると、残り100m位のところでパイロンが置かれてしまいました。関門時間は2時間42分だったのですが、36秒ほど足りませんでした。まさかここまで失速すると思っていなかったのでこの時間を全然把握していませんでした。まあここまで失速すると完走には執着しませんが…。

結局2度目の別大はまたも完走できず、という結果に終わってしまいました。失敗の原因は次の記事に書きます。

2010年02月06日

出発

今回は遠いのでそろそろ出発です。6時間超の長旅で腰が心配です。

2010年02月03日

あと4日

正確にはもうあと3日半しかないのですが、毎度のことながら調整の最終段階に入ると練習の量・質ともに落として調子が把握できないので、不安が日に日に大きくなってきます。今までやったことを信じるしかありません。

体調の方は、腰痛もひとまず落ち着きました。膝がやや不安ではありますが、風邪気味ということもないし、それほど疲労感もなく、まずまずの状態と思います。しかし明日、明後日の東京出張、その翌日には大分入りと過密スケジュールと長旅の影響がちょっと心配。

週間予報では天気は下り坂のようで、降水確率60%と高め。この時期に雨だとちょっと辛いです。予想最高気温は11度ですが、翌日は14度の予報になっているので、気圧の谷が早く抜けて日曜日から気温上昇が始まるとうれしいです。ただそうなると今度は風が強くなってしまうかな?

カーボローディングは極端なことはやりませんが、月~水はお昼だけライスを抜いて肉系の定食に冷奴とか蛋白質を多めにとりました。明日からは炭水化物を気持ち多めにします。

本番シューズはもちろんアディゼロJAPANです。