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2006年11月26日

理科年表オフィシャルサイト

「理科年表オフィシャルサイト」が11月30日にオープンする。
http://www.rikanenpyo.jp/
以下、現在掲載中の紹介文

理科年表に掲載されている各種データについて、知識を深め理解することを目的に専門家が解説する「徹底解説」、データのみならずサイエンス全般に対する疑問にお答えする「理科年表FAQ」など、理科年表を楽しくさらに便利にご活用いただくための情報を集め、データを通してわかる科学の知識・おもしろさを発信してまいります。
 さらに、理科年表読者向けに、上記コーナー等で紹介した理科年表データをダウンロードできるサービスなどの特典をご用意した「理科年表広場」も設けます。

それに先立ち、理科年表2007年版が11月25日に発売されたとのこと。買いに行かなくては。
http://www.asahi.com/national/update/1125/TKY200611250355.html

2006年11月25日

着工後9週間(2ヶ月)経過


9月25日に着工してからちょうど2ヶ月が経過しました。昨日1日で足場が組まれ、建物の保護や飛散防止のため、建設現場でよく見る養生シートが張られました。建物の大きさが実感できます。鉄筋はまだ1階部分しか配筋されていません。

2006年11月24日

国際千葉駅伝

男子は1区からケニアの独走になってしまい、勝負の面白味はなかった。
1区の序盤こそ集団で走っていたが、2km5分27秒で通過した後、ケニアのマサシが一気にペースアップ。1km2分33秒で走られては日本選手はとてもついていけない。レース前から「残り3kmでペースアップ」と公言していたが、中間点前から「残り○km」という感覚がそもそも並の選手と違う。結局5kmを13分13秒で走り、2番手には日本学生選抜の上野が13分32秒で入り、更に1秒差で日本代表の佐藤悠基が続いた。上野は大学3年になってから好調を維持している。佐藤は相変わらずスピードの持続力はあるがラストの切れがない。

2区10kmは注目のマサイ族、ゲディオンが5kmを13分07秒というとてつもないペースで入った。後半はさすがに落ちたものの、26分51秒で突っ走って差を大きく広げた。2番手は残り2kmでスパートした伊達(東海大)が28分20秒の区間2位でカバーし、学生選抜の北村(日体大)は28分38秒の区間4位。

3区5kmもダビリ(ケニア)が13分29秒の区間賞。日本代表の尾田(トヨタ自動車)は14分05秒の区間3位。4区10kmはケニアのコリルがどうしたことか29分46秒もかけてしまい、世界新の期待は薄れた。その間に日本は佐藤敦之が28分28秒の区間賞で差を詰め、1分07秒差まで迫った。

5区5kmは各選手とも坂と風に苦しみ、ケニアのモグスでも14分01秒。それでも区間2位、学生選抜の小野(順大)より43秒も速かった。日本代表は白柳が振るわず。最終区7.195kmはジュイ(ケニア)が20分38秒で結局ケニアは6区間中5区間で区間賞。1時間57分58秒で優勝し、日本代表は2時間00分01秒で2位。学生選抜は2時間02分03秒で4位に入った。

女子も1区からケニアが独走態勢を築いた。フィレスは15分11秒だったが、日本代表松岡(スズキ)は15分20秒の区間2位で走る大健闘。淡路島、中部実業団でも1区で好走していたが、好調が持続している。2区10kmはキムウェイ(ケニア)が31分20秒で後続を大きく広げた。日本は扇(十八銀行)が32分38秒の区間4位。ロシアに抜かれ、2位と14秒差の3位。

3区5kmはチェピエゴ(ケニア)が15分31秒でまたも区間賞。区間2位には日本代表の那須川が15分50秒で入り、ロシアとの差を2秒差まで詰めた。4区10kmはケニアがデレバを起用し、圧倒的なスピードはないものの安定した走りで32分02秒の区間賞。日本は加納(資生堂)が32分22秒の区間3位で走ったが、2位ロシアとの差は11秒に広がった。

5区5kmはボゴモロワ(ロシア)が16分16秒で初めてケニア以外の選手が区間賞を取ったが、差は6秒しか縮まらない。日本は早狩がスピードに乗れずロシアとの差も1分近くに広がった。最終区7.195kmもロシアが区間賞を取ったが、ケニアが2時間13分35秒とロシアに1分16秒の差をつけて優勝。ロシアはメンバーは悪くないのだが、すでにシーズンオフで太り気味の選手もいるなどベストの状態にはほど遠い。日本はロシアからも2分09秒遅れて3位。学生選抜は日本代表から1分44秒遅れの4位と健闘。

男女共に言えることだが、メンバー集めに相当苦心した様子がうかがえる。ホスト国として恥ずかしいレベルではまずいし、かといって一線級は他のレースとの兼ね合いでなかなか出せない。学生も男子は箱根駅伝を約1ヵ月後に控えて走り込み中であり、各校監督は本当は出したくないのが本音ではないか。本当に世界を見据えて取り組むなら、こういう大会でケニアに真っ向から勝負できるようなスピードをつけることも大事だと思うのだが。

2006年11月23日

1階部分の配筋ほぼ完了


建物1階部分の配筋がほぼ終わり、断熱材が運び込まれました。この後型枠を造ってコンクリートを流し込むわけですが、通常の鉄筋コンクリート造では木製の型枠を使いますが、外内両断熱工法では断熱材そのものを型枠として使います。木製の型枠では、型枠をはずす手間もかかるし、枠そのものはその後廃棄するので材料の無駄になります。外内両断熱工法では、そういった手間やコストが省けるということです。また、コンクリートが剥き出しにならず、風雨や外気温の変化にさらされないので長持ちするというメリットもあります。

断熱コンクリート技術について検索したところ、施工業者は違いますが下記サイトがわかりやすかったので紹介します。
http://www.sc-kamui.co.jp/mlit/eco1/index.html

施工業者である第一建設(株)様のサイトでも工法についての紹介があります。地下室を想定して書かれていますが、工法のメリットは地下室があってもなくても同様です。
http://daiichi-inc.co.jp/htm/alpha.html

2006年11月22日

住居表示の決定

myhome20061121.jpg
先日、市役所から住居表示設定の案内が送られてきました。建築確認申請をすると送ってくれるようです。この申請をすると住所(地番)が正式に決まります。申請は無料です。

案内の指示に従って申請しましたが、結構期間がかかると思っていたのに申請した4日後には、このプレートが送られてきました。よく門とか表札付近に貼るやつですね。ちょっと気が早いですが、これで来年の年賀状には堂々と新しい住所を併記できます。

2006年11月21日

慶應大と共立薬科大が合併に向け合意

大学の合併自体珍しいのだが、自分の母校が合併とは…
http://www.sankei.co.jp/news/061120/sha021.htm
http://www.asahi.com/life/update/1120/016.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061120it13.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061121k0000m040086000c.html
実は私のいた理工学部も、かつては「藤原工業大学」という単科大学が慶應義塾大学と統合したものだ。大学も生き残りをかけ、私学の雄といえども規模の拡大を視野に入れているのか。単なる合理化のための統合でなく、せっかく統合したのだから医学部との連携にも期待したい。
これで慶應は理系に一層厚みを増すことになり、文系色の強い早稲田の今後の動きも注目される。

2006年11月19日

東京国際女子マラソン

2007年の世界選手権大阪大会の出場資格のかかった今大会。15kmを過ぎて尾崎(資生堂)が先頭集団から遅れ、予想通り日本人の1位争いは土佐礼子と高橋尚子の一騎打ちの展開に。折返し前で早くもペースメーカーのイワノワを含む3人に絞られる。イワノワが上手い走りで27kmまで引っ張ったが、向い風もあって徐々にペースダウン。雨が次第に強くなり、日比谷通りに入った後、31km地点で土佐が引き離しにかかると高橋があっけなく失速し、勝負はついた。しかし、土佐のペースも急落とは言わないまでもジリジリと低下。ぶっちぎりで優勝はしたものの、タイムは2時間26分15秒。世界選手権の内定は取れなかった。
先頭のラップは、5km16'30、10km33'16(16'46)、15km50'06(16'50)、20km67'01(16'55)、25km1:24'16(17'15)、30km1:41'48(17'32)、35km1:59'25(17'37)、40km2:18'03(18'38)、残り2.195kmが8'12。

2着には先頭集団から遅れながらも孤独にペースを守った尾崎が2時間28分51秒で入り、高橋はデビュー戦以来となる2時間30分超過、2時間31分22秒で3位に入るのがやっとだった。高橋は30kmまでは土佐とほぼ同タイムで進めたが、30km以降は、35km2:00'07(18'19)、40km2:21'30(21'23)、残り2.195kmが9'52と急激なペースダウン。一方尾崎は最後の2.195kmは8分01秒と土佐をも上回っていた。

レース前の話でも高橋が雨天のマラソン経験がなく、雨を嫌がっていた(デイリースポーツ記事参照)ように、走る前から勝負はついていたのかもしれない。土佐が手袋・アームウォーマーをし(靴下も履いていなかった?)、髪を束ね、サングラスも明るめにしていたのに対し、高橋はアームウォーマーなし、手袋はしていたが一旦脱いだ後チームメイトに投げてしまったこと、帽子をしていたのはよかったが、重さを感じたのか脱ぎ捨てたとき、長い髪を束ねていなかった(そもそも帽子も脱ぐべきではなかったと思う)こと、サングラスの色が濃すぎたことなど、終わってみれば色々なことが裏目に出ていた。

今大会のように気温が低く、更に降雨となると皮下脂肪が少ない方が不利となる。それは体脂肪が極端に少ない私自身、、唯2回のリタイヤが調子は悪くなかったにもかかわらず、いずれも雨天(霙)・低温で体が動かなくなったということからも実感している。それに加え、高橋のように走りが軽快で路面からの反発を十分に生かした走りの場合、シューズと靴下の重みの影響を受けやすい。路面に水がたまり出すと足の重みがスタミナを奪っていく。ペースが鈍ってくると体が冷え、ますますペースが落ちるという悪循環に陥ったと思われる。

敗因はいろいろあるだろうが、天候を味方にできなかったことの他に、練習方法が誤った方向に行っているのではないかという懸念がある。従来より更に高度を上げた海抜4300mでトレーニングしたというが、高度を上げればよいというものではあるまい。心肺機能は強くなるだろうが、実際のレースとかけはなれたスピードで練習するうち、地面からの反発を受ける筋力が低下してしまったのかもしれない。実際、今日のレースでも息苦しさは感じられなかったが、折返した直後あたりから腰が落ち、大腿部前面の筋肉が浮かび上がるようになっていた。地面を跳ね返せないからストライドに頼って足が流れ、ピッチが落ちる。

また、これは仮説であるが、あまりに平地とかけ離れた環境に、肉体年齢の加齢に拍車をかけている可能性がある。すでに34歳ではあるが、シドニーからの6年間で肉体的には6年を大きく超える負荷をかけてしまったのではないだろうか。もしこの仮説が正しいとすれば、高橋尚子はもう復活は難しいことになる。若くて経験の少ない「チームQ」陣営に少しでもこのようにいろいろな可能性やリスクを考え、方向修正を示唆できる人がいればいいのだが…。

着工後8週間経過


先週の火曜日、床下にコンクリートを流し、まっ平らになりました。向かって左下が少し凹んでいますが、ここが玄関です。
その後、コンクリートが乾くのを待っていたのか、しばらく進展がありませんでしたが、土曜日になっていよいよ建物の配筋が始まりました。窓のないところは鉄筋が上まで伸びているのがわかります。

2006年11月17日

洗濯機も故障!

11月2日に冷蔵庫が故障したばかりなのに、今週の火曜日(11月14日)、今度は洗濯機が故障してしまった。これも結婚した13年前に買ったものなので、そろそろ壊れてもおかしくないな、とは思っていたものの、まさか冷蔵庫と洗濯機が立て続けに故障するとは…。

故障したのは、自動給水の部分。もちろん水道はつないであり、動かしても触ってもいないのに、給水がされなくなってしまった。水道から直接水を注げば一応洗濯はできるので、妻は「引越しまであと3~4ヶ月このまま使う」と言っている。もともと、節水のため「洗い」と「1回目のすすぎ」は風呂の残り湯を使っていたので、手間が増えるのは2回目のすすぎだけ、というのがその理由。

というわけで今回は冷蔵庫と違って多少時間に余裕があるので、カタログでももらってきてじっくり検討するとしよう。

2006年11月16日

ネアンデルタール人は37年前に分岐か?

米国とドイツの研究チームがネアンデルタール人のゲノムの一部解析に成功し、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は37年前までに分岐したと発表。この解析結果による限り、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑はなかったとのこと。
http://www.asahi.com/science/news/TKY200611150517.html

先日、別の研究チームが骨の化石の形状から混血の可能性を発表したばかりだが、それはこのように説明できる。混血は異種同士が交配し、子供をもうけることを指すが、その交配種が子孫を残すことができなければ、現生人類のゲノムにもネアンデルタール人のゲノムにも記録は残らない。交配可能でも子孫を残せない例はたくさんある。例えば、雄ロバと雌ウマの混血「ラバ」は、異種混血によりできた新たな種であるが、繁殖能力を持たない(不妊)。だからいくら雄ロバと雌ウマのゲノムを調べても、他方の痕跡は見られないのと同じ。ラバそのもののゲノムのみ交雑の事実を保有している。

つまり、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が交雑したゲノムを見つけるには、わずか1世代しか存在しない交配種を運よく見つけなければならないため、確率的に非常に小さいものとなってしまう。先日交配種の可能性があると発表されたルーマニアの化石そのものでゲノム解析ができれば非常に興味深いものとなるのだが。

2006年11月12日

右膝の具合

火曜日に痛めた右膝(半月板)の方は、ひとまず痛みは鎮静化した。痛めた翌日は歩いていてもその痛みがわかるほど、その翌日くらいになると、普通の歩行では痛みなし、階段の上り下り(とくに下り)でまだ痛みが残っていた。土曜日になると階段の上り下りでも痛まず、日常生活で痛むことはなくなったが、走るのはやめておいた。

明日からはまた仕事だが、痛みの出方を見ながら通勤・帰宅の片道だけスピードを殺して走ってみるつもり。

東日本女子駅伝

11月12日、福島市の信夫ケ丘競技場発着で行なわれた。
競技場では好天だったのだが、途中から激しい風雨に見舞われ、気温の低さもあって(アメダスの観測では13時の福島市は5.5度)、優勝タイムが2時間20分37秒と4年ぶりに2時間20分を超えた。

レースは1区で神奈川の吉川(パナソニック)が切れの良い走りで6kmを19分11秒でトップを奪ったが、2区で群馬がトップに立ち、3区で福島が逆転すると、福島と群馬の一騎打ちの様相。8区終了時点で1位福島と2位群馬の差は23秒あったが、最終区で群馬の芳賀(ヤマダ電機)が32分33秒の区間1位の好走で結局53秒の差をつけて優勝。16年ぶりということだから、走った選手は生まれてない人もいれば、生まれていても記憶にはないだろう。

渋井陽子を擁する東京は1区で岩田(第一生命)がまさかの区間17位でトップから1分28秒遅れ。腰の右側や太腿をしきりに叩いていたが、坐骨神経痛だろうか。5区に北海道マラソン優勝の吉田(資生堂)で巻き返しを図るも、吉田は見るからにウエイトオーバーで、区間12位。結局渋井に渡った時点で14位、渋井は区間1位タイで走ったものの9位まで押し上げるに留まった。

この駅伝は今年で22回目を迎えるのだが、すでに当初の役割を終えたのではないだろうか。当初は女子にも駅伝を走る機会を拡げようという意図があったと思うが、今はいろいろな駅伝が乱立し、東日本女子駅伝にベストメンバーで臨むチームは少ない。例えば私の住む静岡では、わざわざ全国都道府県女子駅伝の候補選手以外から選考しているような有様だ。

全日本大学駅伝

先週(11月5日)に行なわれたのだが、録画を見る暇がなくて、ようやくこの週末で見終わったので投稿が大幅に遅れてしまった。

レースは初出場の城西大が1区高橋の区間賞でまず先手をとったものの、2区で日大の留学生ダニエルが13人抜きでトップを奪うと、逃げ切り体制に入った。ところが、3区、4区で振るわず、4区で駒大に先頭を許すと、駒大は安定したレース運びで5時間19分05秒で2位日大を1分41秒引き離して優勝。

以下、主要校別のコメント。

1位駒大は1区で12位と出遅れたとはいえ、トップとはわずか17秒差で、残りは8人中7人が区間3位以内という安定した走り。出雲5位から見事に建て直してきた。だが、真の目標が箱根ならば、この時期にこんなに仕上がっていていいのか?それと最長19.7kmを任せられる人材がいない(堺は区間7位に留まっている)のも気になるところ。
2位日大はダニエルが快走したものの、ダニエルも後半は後続に少し追い込まれていたようで、20km以上への適性は未だ不明。3、4区の4年生、特に4区の主将土橋の凡走はいただけない。本当にこのまま4年間終わってしまいそう。
3位中大、4位順大は全般を通じて安定的だった。両校で区間2桁は順大1区の中村が区間11位(といっても区間1位と17秒差)と中大5区梁瀬の区間13位のみ。順大はいい噂のない佐藤秀和(仙台育英出)がやはり出場せず。
山学大は5位といっても7区までで11位、モグスの驚異的区間新(19.7kmを56分31秒、ハーフ換算で60分31秒)に助けられただけで、箱根の苦戦は必至。
6位日体大は、1区男の鷲見がまたやってくれた(区間15位)。無謀な飛び出しをしなくてもこの走りでは精神的に弱いとしか言いようがない。大物ルーキー森も4区14kmで43分18秒(10km換算で30分55秒)の区間14位と期待に添えない走り。
亜大は7位に終り、シードを逃したものの、十分に調整されていない印象。箱根しか眼中にないといったところ。
8位東洋大は7区までは3位につけていた。8区山本のブレーキに近い走り(区間16位、63分01秒)がなければ中大・順大あたりの場所でゴールしていたはず。
9位第一工業大は出雲に続き外国人を3人起用。日本人のウエートが上がった分、順位は落ちたが、よく一桁順位にとどまった。
関東勢では、10位城西大、11位大東大、12位神大、13位明大ともに力不足、走の薄さは否めない。ところどころ好走はあるのだが、総合力で東洋大までと比べて明らかに落ちる。

ここまで外国人3人が走った9位第一工業大を除き、すべて関東勢。他地区の奮起を期待…といってもあれだけ箱根駅伝の影響で関東に流入していれば無理もない。出身高を見てみると、関東とはいっても各校とも西日本出身者が結構多い(学校によってはほとんど西日本の選手のところもある)のだから。

着工後7週間経過


1週間前はあれだけ地面が掘ってあったのに、ここ1週間でまず土を入れて埋め戻し、重機で踏み固めたあと、保温材をかぶせ(碁盤目状の配筋の下の白い部分)、床下になる部分に鉄筋が張り巡らされるなど、様変わりです。もう少しで基礎の工事が終り、いよいよ建物本体の配筋に取りかかっていくものと思われます。

2006年11月08日

半月板の痛みが再発

ここ3年半ほど沈静化していた右膝半月板損傷部(膝の内側)の痛みが再発してしまった。帰宅ラン時、走り始めてしばらくして右膝に嫌な痛みを感じると思ってから痛みがひどくなるまでにそれほど時間はかからなかった。すぐに古傷である半月板損傷部の痛みであることはわかった。スピードを落として痛みを我慢し、何とか家にはたどり着いたものの、この様子だと明日からの練習は中止するしかない。

とりあえず、以前使っていた鎮痛剤を服用したので明日は様子を見る。その時は数ヶ月続けて服用しているうち、いつの間にか薬を飲まなくても痛まなくなっていたので、そうなることを期待したい。

2006年11月05日

静岡県高校駅伝

11月5日、御前崎市・菊川市で開催。
男子は7人全員を14分台で揃えた藤枝明誠が1区でトップから44秒差の4位とやや出遅れたものの、2区からは区間1位が5人、区間2位が1人と他を寄せ付けず、2位を2分17秒離して2連覇。7回目の全国大会出場となった。総合タイムは2時間11分50秒。記録が出にくいコースで、例年全国では2分位縮めるのだが、今年の藤枝明誠のチーム力からするとやや物足りない。1区での出遅れと、独走だったからだろうか(昨年は2区から首位だったものの、2位とは25秒差)。ちなみに昨年はオール2年生で2時間11分15秒で、全国では2時間09分11秒(24位)。今年はチーム力が上がっているはずなので、2時間07分台の15位以内を期待したい。

女子は三島北と常葉菊川の一騎打ちと予想されており、優勝は三島北1時間12分35秒、2位常葉菊川は1時間13分14秒と39秒差に過ぎないが、常葉菊川は一度も首位に立つことができず、タイム差以上に完敗の印象。三島北は1区こそ富士東に3秒遅れたものの、その後は一度も首位を譲らず。常葉菊川は1区で三島北と39秒差。つまり2区以下は全く互角で、3区終了時点では25秒差まで詰めていたが、その後引き離された。1区でもう少し僅差で来れば、2区のスピードランナー三郷をもっと活かせただけに惜しまれる。三島北も昨年2年生4人、1年生1人のオーダーで1時間12分42秒をマークしている。全国では1時間12分41秒で31位。全国では1時間11分前半、20位が妥当な目標。

パリーグ東西対抗

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11月5日、パリーグ東西対抗オールスター戦が静岡の草薙球場で行なわれたのだが、息子が前々から行きたがっていたので2人で行ってきた。プロ野球観戦といえば、社会人2~3年目に社内旅行で東京ドームの野球観戦をして以来。何しろ最近はプロ野球には全く興味がないので、選手もほとんど知らず、息子に聞きながらの観戦だった。(写真は日本ハムの八木投手です。)

基本的にお祭りなので、ほとんどノーサイン、牽制球なし(その代わり盗塁もないのは申し合わせ事項だろうか?)、早打ちで両チームとも2桁安打の割にはスピーディーで2時間20分位で終わった。公式戦でもこの位展開が早ければこんなにプロ野球人気は落ちていないんじゃなかろうか。草薙球場は両翼91m、中堅115mと最近のパリーグの球場に比べるとかなり狭いので、ホームランもポンポン飛び出すし、プレーも必要以上に派手(楽勝で取れるフライをスライディングキャッチしたり)など、意外に楽しめた。

ところで、パリーグ東西対抗は1981年から行なわれて、途中開催されなかった年も何回かあって今年が19回目。なぜか(東西の中間だから?)静岡で行なわれているのだが、今年で「一定の役割を果たした」とのことで終了とのこと。一定の役割って何のことだかよくわからないが…、静岡でしか行なわれないイベントが一つなくなったのは寂しい。

2006年11月04日

adidas アディゼロ CS

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買ってからすでに3ヵ月ほど経っているが、なかなか気に入っているシューズ。主に通勤ランの時に履いているが、約210gと軽量の割にレース用シューズのように地面の衝撃を直に受ける感じはない。それでいてかなりスピードを上げられる。特に気に入っているのは紐を強めに締めても足の甲に圧迫感を受けないことだ。今までこのようなシューズにはなかなか出会えなかった。かなり走っても底がなかなか減らず、耐久性も十分。かといって表面が固すぎるわけでもない。

すでにモデルチェンジしてアディゼロCS2になっているが、往々にしてユーザーにとっていいところが受け継がれないことが多い。果たして新モデルはどうだろうか。

2006年11月03日

浜松中日カーニバル

11月3日、浜松市の四ツ池競技場で開催。
招待日本男子
800mで下平(早大)が1分48秒96で優勝。2位中野(大塚製薬)1分49秒45、3位吉井(早大)1分49秒83と3人が1分50秒を切った。横田(慶大)は何と1分56秒26かかって9人中8位。
走幅跳で品田(筑波大)が7m77(+1.2m)。
やり投は山本一喜(中大→樟栁クラブ)が75m48で村上(スズキ)を破った。

招待日本女子
100mで高橋(埼玉栄)が自らの高校記録11秒54に迫る11秒56(+1.6m)で優勝。北風が11秒61(浅井学園大)で2位。
100mHは好調の石野(長谷川体育施設)が今日も好走、13秒18(+1.7m)。
走幅跳は池田(スズキ)が6m76(+1.9m)。

招待高校男子
100mは保善2年の小林が10秒53(+1.9m)。
400mは浜松市立2年の渡邉が48秒37。
110mHは洛南2年の中村が14秒24(+1.0m)の高2歴代2位。
棒高跳は注目の笹瀬がもはやこの記録では驚かない5m20。有明(観音寺中央2年)、横山(浜松北2年)がともに4m80。

招待高校女子
100mは小尾(敦賀2年)が11秒92(+1.2m)。伴野(浜松市立2年)は12秒09にとどまった。
400mは石本(兵庫・園田2年)が55秒50。崎山(東大阪大敬愛2年)が55秒78。

一般男子
400mRで洛南高が41秒49(3年1人、2年2人、1年1人)。
1600mRで浜松市立高が3分14秒98。2年2人、1年1人でこの記録はなかなかのもの。

一般女子
400mRで中京大中京高が47秒41。
1600mRは先日高校記録を樹立した東大阪大敬愛高が3分45秒44。浜松西が3年の中村宝子、飯尾も起用して3分45秒68で磐田北高が1986年にマークした静岡県高校記録3分46秒37(当時の高校記録)を20年ぶりに更新。

着工後6週間経過


先週とあまり変わっていないように見えますが、先週はもっと鉄筋がむき出しになっていたのが少し外されてすっきりしました。素人なのでどういう工程なのかよくわかりません(^^; まあ天気もいいし、順調に進んでいるのでしょう。

冷蔵庫が故障

結婚したときに買った冷蔵庫が昨日故障してしまった。ほぼ13年使っていたし、最近少し異音が出ることがあったので、買い替えの時期ではあったのだが、やはり突然故障すると非常に困る。特に冷凍室の中はアイスとかが融けてしまってとんでもない状態になっている。家電で「故障して困るものNo.1」かもしれない。
なくて我慢できるものではないので、早速買いに行った。ちょうど新築前なので、台所の広さ、レイアウト等を勘案して、左右どちらからでも開けるのが便利だね、ということになり、いろいろ見比べたのだが、両開きというのはSHARP製しかなかった。特許権の問題だろうか。

結婚後13年ともなると、家電製品もさすがに老朽化してきている。電子レンジは1~2年前に買い替え。可動部分があり最も故障しやすいと思われる洗濯機はまだ健在。掃除機は数年前に買い替え済。テレビは5~6年前に買ったのがまだトラブルはないが、5年後にはアナログ放送中止で買い替えが必要。エアコンは今の寮に引っ越してきた7年前からこれまで異常なし。

と、そうこうしているうちにもう冷蔵庫が配送されてきた。店を出てから約2時間。早い。しかし、運送中に横倒しにしたので中の液体が安定するまで1時間は電源を入れないようにとのこと。そこから中が冷えるまで数時間かかるので、生ものは少し捨てなければならない。たまたま故障したのが休日前であまり物が入ってなかったのは不幸中の幸い。

2006年11月01日

ネアンデルタール人とホモサピエンス混血の可能性

1950年代にルーマニアで発掘された人類化石がホモサピエンスとネアンデルタール人の両方の特徴を備え、混血の可能性があると米国などの研究チームが米科学アカデミー紀要電子版に発表。

ホモサピエンスの祖先は、ネアンデルタール人の祖先と約60万年前に分岐しており、混血は不可能か、できたとしても子孫は残せないのではないかと言われてきた。今回の化石も、1代目なのかそれ以降なのかはわからない。はっきりしているのは、今回の発表が正しければ、一定期間、一定地域でホモサピエンスとネアンデルタール人の交流があったのは間違いないこと。

しかし残念ながら現代人にネアンデルタール人のDNAが引き継がれていないことから、混血の種はいずれ絶滅したということはほぼ間違いない。やはり分岐してから年月が経ちすぎてしまったのだろうか。もっと早い段階で交流していれば、人類の歴史は大きく変わっていたに違いない。