1.トレーニングの3要素
トレーニングとは、ただ走ったり筋力トレーニングしたり、というだけではありません。次の3つの要素をバランスよく組み合わせることで最大の効果を生み出します。

(1) 練習
(2) 休養
(3) 栄養

「練習」は当然のこととして、「休養がトレーニング?」と思うかもしれませんが、適切に休養をとらなければオーバーワークとなり、故障、病気、慢性疲労などにつながります。また、休養には後で述べる「超回復」のためにもなくてはならないものです。

休養には、睡眠、入浴といった日々必ずとる必要のある休養のほか、1日から数日の間、練習を全く行わなかったり(完全休養)、ジョグなどの軽い練習で切り上げる(活動休養、積極的休養)短期の休養、ハードトレーニング期の後しばらくの期間、練習量を減らして疲労を抜く中長期の休養があります。また、一流選手などでよく「オリンピックが終わった後、1年間は休養する」というように超長期の休養をとる選手もいますが、ここまでくるとトレーニング理論的には休養ではなく、「休止」と言った方がいいかもしれません。

痛んだ筋肉の修復や疲労回復には休養だけでは不十分で、適切に栄養を摂取することが大切です。何も値段の高い食材を選んで食べたり、サプリメント(栄養補助食品)を摂取すればいいというわけではありません。基本的には肉、魚、穀物、海鮮類、野菜、果物など自然の食材を好き嫌いなくバランスよく、適度な量を食べていれば通常は問題ありません。逆に日常的にサプリメントや薬に頼らなければならない状態では、長距離選手としては明らかにオーバーワークです。アルコールだって適量であれば全く問題ありません。むしろ全く飲まないより適量を飲んだ方が各種成人病の発症率が低いというような研究結果もあるそうです(もちろん飲めない人が無理に飲む必要はない)。

2.練習の流れ
長距離のトレーニングでは、一般的には練習の負荷に波を作ります。まず、「目標のレースに向け2ヶ月間は追い込み、1ヶ月間は疲労を抜く」というような波。その追い込みの期間中でも、「2週間はかなり追い込んで1週間はちょっと落とす」というような波。また、1週間の中でも「月曜は休み、水曜はちょっと負荷をかけ、金曜は軽く、土日は追い込む」というような波。

でも、単にメリハリをつければいいというものではなく、常に腹8分目の練習で強くなるタイプの人もいて、どちらがいいというものではありませんが、練習の流れ、負荷の波をしっかり意識している人は、狙った大会にきっちり合わせられる、ということは言えると思います。

3.準備期間
目標とするマラソンに向けて準備期間はどのくらい必要なのでしょうか。3ヶ月というのはよく聞きます。しかし、3ヶ月というのは、とりあえずマラソンを走れる状態にするのには十分かもしれませんが、また、その3ヶ月以前のトレーニング内容によっても当然違いますし、自己の限界に挑戦するというようなレベルを考えているのなら、もう少し必要だと思います。

目標とするレースから期間を逆算していきます。最後の1ヶ月間は調整期間です。その前の2ヶ月間程度はペース走やスピード練習などのポイント練習を軸とした実践的練習期とします。これで3ヶ月ですが、この実践的な練習は負荷が強く、故障や病気の防止のためにも、それ以前に練習に耐え得る脚と体をつくっておかなければなりません。これがいわゆる「走りこみ」で、最低1ヶ月は必要でしょう。走り込みだけでも実践的練習だけでも強くはなりません。さらに、走りこみをすることも故障のリスクを伴いますから、走りこむための脚づくりとして「プレ走りこみ」を1ヶ月程度やっておく必要があります。

こうして考えると、マラソンを走るための準備期間は5ヶ月位が理想的ということになります。つまり、ベストの状態でマラソンに出場できるのは年間2回が限度、さらにマラソンシーズンが年間の約半分ということを考えると、本当に狙えるマラソンは年間1回しかないのです。

4.調整
調整とは、超回復現象を期待して行うものです。練習で強い負荷をかけ続けると疲労がたまり、だんだん調子は落ちてきます。調子が底を打ったあたりで練習量を落としたり休養したりすると、急速に調子が上がり、疲労が抜けると以前の走力より高いレベルまでリバウンドします。これが超回復現象です。

したがって、ある程度疲労がたまるほど追い込んでいない人が調整しても無意味となるどころか、急に休んで逆に生活のリズムが崩れて体調を崩したり、代謝が減って体重が増えてしまったり、脚が軽くなりすぎてうまく走れなかったり、といったことが起こります。また、休みすぎたら走力は当然低下します。この辺の加減は個人差が非常に大きいことから、もはや経験によるとしか言いようがありません。単純に練習量を減らせばいいというものではありません。

5.トレーニング効果
乳酸というのは疲労物質で、オーバーペースの時など、体中が硬直して動かなくなる経験はあると思います。この原因が乳酸です。乳酸は酸素がないと分解できません。

乳酸は酸素の供給が消費に追いつかなくなる(すなわち負債)と発生しますが、負債が始まるといきなり動かなくなるわけではなく、ある程度は乳酸をため込みながらも走れます。銀行員的な説明をすると、通帳の残高がマイナス(負債)になっても一定額までは引き出せるようなもの。ところが乳酸耐性の弱い人は、この「一定額」というのが少ないので、苦しくなったと思ったらいきなり失速してしまいます。

乳酸が発生し始める心拍数のことをよくATなどと言います(厳密には少し違いますが)。理論的には、この心拍数に達しなければ疲労物質はあまり発生しませんから、心拍数をコントロールすることでマラソンでの失速を防げるわけですが、実際にはこのレベルの心拍数ではグリコーゲンを大量に消費し、グリコーゲンの枯渇とも戦わなければなりません。脂肪を中心に使うにはもっと低い心拍数で走らなければなりませんが、ある程度走力が高くなってくると、これでは相当の余力を残して走ることになり、記録は期待できません。マラソンをはじめて間もない人がとる戦術です。

負債が発生するかしないかの速度で走る練習をすることで、このレベルを引き上げることができます。つまりスピードを上げても乳酸が発生しないようになります。また、それより高い心拍数でトレーニングすることで、乳酸耐性を強化することができます。5000mなどのトラックを目指す人は両方のトレーニングが必要ですが、マラソンの場合は前者のトレーニングが主体となります。

詳しくは、「速度の限界」を参照ください。