「これを読めば速くなる」という話ではなく、どちらかというと「速い人はどういう体質なのか」という話です。以前は長距離走というのは短距離に比べてある程度は努力でどうにかなると言われてきましたが、長距離も本当に強い人というのはかなり特別な体質を持っていることが必要条件であることがわかってきました。もちろん努力を否定するものではなく、努力だけでもある程度のレベルに到達できるのは間違いありませんので、雑学的に読んでみてください。


■鳥型ミトコンドリア

2002年11月17日放送の「特命リサーチ200X」(日テレ系)で「高橋尚子選手の強さの秘密」というテーマのリサーチがあった。その中で、高橋選手の高地トレーニングが要因の一つとして挙げられていた。通常の高地トレーニングは海抜2000m〜2500m程度のところで行うのが普通であるが、彼女は海抜3500mの地点で行うという。高地トレーニングは高いところで行うほど効果が高いと考えがちであるが、あまりに高い所で行うと人間の身体は適応できない。植物だって高い所に行けば生息できないのである。

しかし高橋選手はこれを可能とする。単に努力により可能としたということでなく、もともと高地に適応できる体質だったのではないかと推測する学者がいる。岐阜県国際バイオ研究所の田中雅嗣医学博士の説によれば、高橋選手が特殊なミトコンドリアを持っている可能性があると言う。一般に動物は身体が大きいほど寿命が長いが、鳥はその身体の大きさと比べて寿命が長い。これはミトコンドリアに秘密があるらしい。

鳥のミトコンドリアは酸素を吸収してエネルギーに変換する効率が高いと考えられるのがその理由であるが、なんと人間にもこの鳥型ミトコンドリアを持つ人が少ない確率で存在するそうである。このミトコンドリアを持つ人は、血液中の酸素濃度が低くても、少ない酸を使って効率的にエネルギーを生成でき、おそらく高橋選手もこの体質を持っているであろうというのが田中博士説である。


■ワニ型ヘモグロビン

鳥の次はワニか、と言っても冗談でも何でもない。東京都老人総合研究所の白沢卓二室長らの研究で科学的に明らかになったことである。

この研究によると、ヘモグロビンを作り出す遺伝子の1つに変異があると、普通のヘモグロビンに比べ酸素を運ぶ能力が異常に高くなるという。この特殊な遺伝子を持つ東北地方の女性に、急な坂道を10分間自転車で登る運動をしてもらったところ、呼吸数はほとんど増えず、息切れは全くなかったという。ところがこの女性の2歳違いの姉に同様な運動をしてもらったところ呼吸数は急上昇し、息苦しさを訴えた。

このヘモグロビンは、ワニの中でも長時間の潜水が可能なある種のワニと性質がよく似ているようである。ヘモグロビンが多いことも酸素運搬能力が高い条件であり、そのために高地トレーニングをしたり、中には血液ドーピングやEPOといった不正手段まで行われる始末であるが、この特殊な遺伝子を持つ人の場合は、ヘモグロビンそのものが酸素運搬能力が高いのである。

残念ながらというか、幸いというか、この特殊な遺伝子を持つ人は現在はあまり見つかっていない。しかし、こうした研究が今まで十分になされていなかっただけで、実は結構高い確率で存在するのかもしれない。長距離ランナーの中には、ヘモグロビンの数値だけみると貧血気味と診断される人は少なくない。従来は血液量そのものが多くなるため、単位容積当たりで示されるヘモグロビン数値は見かけ上少なくなると説明されてきたが、もしかするとワニ型ヘモグロビンの持ち主かもしれないのである。


■中性脂肪

中性脂肪の数値が高いというと、肥満の象徴、成人病予備軍などと言われるが、日本陸連科学委員会で、「血液中の中性脂肪が多いとマラソンに有利である」という興味深い報告がされた。根拠を要約すると次の通りである。

(1)昨夏の北海道マラソンで完走した招待選手(男子10名、女子7名)の記録と中性脂肪の量に正の相関が見られた。
(2)中性脂肪が50mg/dl以下のランナーがマラソンで成功したケースは極めて少ない。

よくトラックやハーフ位までの記録は非常に良いのに、マラソンになると途中で失速するタイプの選手がいるが、このタイプの選手は全般的に中性脂肪の値が低いという。データが少ないのでまだ断定はできないとは思うが、血液中の中性脂肪が多い方が脂肪を効率的に燃焼でき、その結果としてグリコーゲンの枯渇(=マラソン終盤での失速)を抑制することができるのではないかと考えてもおかしくはない。これは、遅筋には速筋と比べて中性脂肪やグリコーゲンが多く含まれていることとも関係があるかもしれない。

ただし、当然ながら中性脂肪が多いだけでなく体脂肪も多い場合は、体脂肪があふれて血液中に溶け出しているだけであり、それはただの肥満体質である。当然ながらマラソンに有利なのは「体脂肪が少なく、かつ中性脂肪が多い」のが条件と言える。


■コレステロールとコエンザイムQ10

何を隠そう、筆者も実は総コレステロールの値が標準値を超えている。コレステロールも中性脂肪と同様に成人病の代名詞のように言われているが、体脂肪を極限まで絞り込んでいるマラソンランナーには意外とコレステロール値が高めの人が少なくない。まだこの種の研究が公になっているのはお目にかかったことはないが、酵素の働きを助ける補酵素である「コエンザイムQ10」の存在と絡めて考えるとうまく説明がつくかもしれない。

コエンザイムQ10とは別名ビタミンQともいい、生物の生存に不可欠な細胞内のミトコンドリアの補因子であり、ほとんどの細胞内に存在する。一般的には抗酸化剤として活性酸素(フリーラジカル)からのダメージを防ぎ、免疫力を高める働きを持ち、同様な働きをするビタミンEより強力な作用があると言われている。しかも細胞内のコエンザイムQ10は20歳代をピークとして、あとは加齢とともに減少する。長寿と密接な関係がある酵素なのである。

コエンザイムQ10はまた、人間の体内で自ら合成することができるのも特徴である。ということは、合成能力が優れている人は高齢になっても肌がいつまでも瑞々しく、長生きできる可能性が高い。その合成の過程でコレステロールとは切っても切れない関係がある。実は、コレステロールとコエンザイムQ10は合成過程が途中まで一緒なのである。そしてコエンザイムQ10はLDLコレステロール(別名悪玉コレステロール)の中に存在し、LDLコレステロールの酸化による真の悪玉化を抑制する。LDLコレステロールは動脈硬化などの要因と言われているが、本当はその中にコエンザイムQ10がどの程度含まれているか、というところまで分析が可能であれば、異なる結果になるに違いない。

前置きが長くなったが、コエンザイムQ10はATP(アデノシン3リン酸)という運動時のエネルギーの源をつくるのに不可欠である。ATPは細胞内のミトコンドリア内で生成され、骨格筋の収縮のために必要なエネルギーである。運動時にATPを消費するとADP(アデノシン2リン酸)に変換されるが、ADPそのものはエネルギーとして働かず、再びATP化するには燃料(グルコース、グリコーゲン、脂肪酸など)を必要とし、さらにその反応を促進するための酵素としてコエンザイムQ10が重要な役割を担う。つまり、コエンザイムQ10の生成能力が高いほど持久力が優れているといえる。

よく高コレステロール血症の治療のためにメバチロンなどのコレステロール低下剤を服用したところ、元気が出なくなったということがあるそうだが、これはコレステロールとともにコエンザイムQ10を低下させてしまったために起こった副作用である。マラソンランナーのコレステロール値が高いというのは、中性脂肪と同様に持久力が高いバロメーターと言えるのではないだろうか。もちろん高コレステロール体質の原因が運動不足や肥満等による場合は別の意味で問題であるのは言うまでもない。